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惟康親王これやすしんのう

鎌倉幕府第7代将軍[日本]

(文永元年4月29日生)
惟康親王(これやすしんのう)は、鎌倉幕府第7代征夷大将軍。
6代将軍宗尊親王の嫡男。
生涯 相模国鎌倉に生まれる。
文永3年(1266年)7月、宗尊親王が廃されて京都に送還されたことに伴い、3歳で征夷大将軍に就任した。
初めは親王宣下がなされず惟康王と呼ばれていたが、征夷大将軍に就任したのちに臣籍降下して源姓を賜与され、源惟康と名乗る(後嵯峨源氏)。
今日では宮将軍の一人として惟康親王と呼ばれることが多いが、実は将軍在職期間の大半を源惟康すなわち源氏将軍で過ごしていた。
これは、当時の蒙古襲来(元寇)という未曽有の事態に対する、執権・北条時宗による政策の一環であったとされ、時宗はかつての治承・寿永の乱あるいは承久の乱を先例として、将軍・源惟康を初代将軍・源頼朝になぞらえ、時宗自身は北条義時を自称することで、御家人ら武士階級の力を結集して、元に勝利することを祈願したのだという。
連想語句
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