源実朝みなもとのさねとも
鎌倉幕府第3代将軍[日本]
(建久3年8月9日生)
(ユリウス暦) 1192年 9月17日 生
(ユリウス暦) 1219年 2月13日 死去暗殺享年28歳
源 実朝(みなもと の さねとも、旧字体: 源 實朝󠄁)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府第3代征夷大将軍(鎌倉殿)。
鎌倉幕府を開いた源頼朝と北条政子の間に生まれた嫡出の次男。
同母兄である鎌倉幕府第2代征夷大将軍源頼家の追放(後に暗殺)に伴い、12歳で将軍職を継承した。
朝廷に重んじられ官位の昇進も早く、若くして公卿に補任され、武士として初めて右大臣に任ぜられた。
しかし、その翌年に鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に暗殺された。
これにより鎌倉幕府の源氏将軍は断絶した。
歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。
家集として『金槐和歌集』(きんかいわかしゅう)がある。



