生年月日データベース

後三条天皇ごさんじょうてんのう

第71代天皇[日本]

(長元7年7月18日生)

(ユリウス暦) 1034年 9月3日

(ユリウス暦) 1073年 6月15日 死去享年40歳
後三条天皇 - ウィキペディアより引用

後三条天皇(ごさんじょうてんのう、長元7年7月18日(1034年9月3日) - 延久5年5月7日(1073年6月15日))は、第71代天皇(在位:治暦4年4月19日(1068年5月22日) - 延久4年12月8日(1073年1月18日))。
諱は尊仁(たかひと)。
宝算40。
後朱雀天皇の第二皇子。
母は三条天皇第三皇女・皇后禎子内親王(陽明門院)。
後冷泉天皇の異母弟。
宇多天皇以来170年ぶりの藤原氏を外戚としない天皇である(ただし、生母の禎子内親王は藤原道長の外孫である)。
生涯 幼少時 後一条天皇の皇太弟・敦良親王(のちの後朱雀天皇)の第2王子として生まれる。
父の即位に伴い、長元9年12月に親王宣下を受ける。
異母兄・後冷泉天皇)の即位にあたり、寛徳2年(1045年)1月16日、12歳で皇太弟となる。
東宮時代 生母が藤原氏の出でない(道長の外孫ではあるが、関係は悪化していた)ため、関白藤原頼通・教通兄弟に疎んじられたが、彼らの異母弟・能信の支援を受けたと言われている。

■ 関連書籍

平安時代中期の第71代天皇。尊仁(たかひと)親王。 後朱雀天皇第二皇子、母は三条天皇第三皇女、皇后禎子内親王(陽明門院) 後冷泉天皇が子を残さずに崩御してしまったため、藤原氏を外戚に持たない後三条天皇が即位。藤原頼通は失意のあまり引退してしまったという。 藤原氏におびえて冷たく当たってきた貴族らに、天皇は即位後も私情を交えず公正に政治を行ったという。対して藤原氏側は一族の内紛から天皇に対抗しきれず、ここで政権は天皇家の手中に戻ることになる。 即位後四年で子・白河天皇に譲位し院政をを開こうとしたが翌年に崩御してしまったと言われてきた。しかし、近年の研究では後三条上皇に院政を開く意思はなく、病によるものという説が有力である。 (引用元 Hatena Keyword)

連想語句
  • 天皇
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  • 延久
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  • 即位
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  • 幼少時
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