生年月日データベース

立川談志たてかわだんし

落語家・七代目[日本]

1936年 1月2日

2011年 11月21日 死去喉頭がん享年76歳
立川談志 - ウィキペディアより引用

立川 談志(たてかわ だんし)は、落語家の名跡。
7代目(自称5代目)の死後は空き名跡となっている。
これは明治時代の寄席で人気を博していた釜掘りの談志(4代目)が初代を称し、俥屋の談志がそれに倣って4代目と称していたようなので、小ゑんは5代目というのは語呂が良く、さらに師匠5代目柳家小さんと代数が合うので丁度いいということで、5代目を名乗ることになった。
釜掘りの談志を初代と見なした場合、3代目になるはずの談志がなぜ4代目を称していたかというのは、本名恒川駒吉の談志と俥屋の談志の間にはもう一人談志がいたらしいため、その談志を代数に含めていたためではないかと思われる。
また、花咲爺の談志(3代目)を初代とみなしたから5代目となった、とも言われる。
ちなみに、4代目桂文之助が1916年に著した『古今落語系図一覧表』では、のちに宇治新口を名乗った談志が代数に入っておらず、花咲爺の談志が2代目、釜掘りの談志が3代目、本名恒川駒吉の談志が4代目となっている。

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■ 音楽作品

たてかわだんし [生]1936.1.2.東京[没]2011.11.21.東京落語家,落語立川流家元。本名松岡克由。1952年柳家小さん(5世)に入門,前座名は柳家小よし。1954年二つ目に昇進し,柳家小ゑんと改名。古典落語の口演で注目され,湯浅喜久治が主催する「若手落語会」に抜擢される一方,日本劇場のステージにも出演,キャバレーなどの余興でも活躍した。1963年真打ちに昇進し,5世立川談志を襲名。1966年テレビ番組『笑点』(日本テレビ系)を発案・企画し,初代司会者を務める。そのほか,『やじうま寄席』(日本テレビ系)などテレビ,ラジオでも幅広く活躍。1969年衆議院議員総選挙に立候補したが落選。1971年参議院議員通常選挙に無所属で出馬し全国区で初当選。当選後,自由民主党に入党して1期6年務めた。その間,1975年には沖縄開発庁政務次官となるが,すぐに辞任した。1983年真打ち昇進試験制度をめぐり師匠の柳家小さんと対立,一門とともに落語協会を脱会し,落語立川流を創設し家元となる。「伝統を現代に」と訴え,「落語とは人間の業の肯定」「イリュージョンこそが人間の業の肯定の最たるもので,そこを描くことが落語」といった独自の理論を打ち立てた。得意ネタは,『芝浜』『黄金餅』『らくだ』『源平盛衰記』など数多い。『現代落語論』(1965)など多くの書を著し,落語家や研究者にも多くの影響を与えた。(→落語) (引用元 コトバンク)

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