誕生日データベース

海部俊樹かいふとしき

政治家内閣総理大臣[日本]

1931年 1月2日

海部俊樹 - ウィキペディアより引用

海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 - )は、日本の政治家。
勲等は桐花大綬章。
衆議院議員(16期)、自由民主党国会対策委員長(第21代)、文部大臣(第98・107代)、自由民主党総裁(第14代)、内閣総理大臣(第76・77代)、大蔵大臣(第95代)、新進党党首(初代)などを歴任した。
国際天文学連合(IAU)会長の海部宣男、2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠、トヨタ自動車元副社長の小野茂勝の従弟である。
来歴・人物 衆議院議員 初当選以来、三木派に所属し、三木武夫の秘蔵っ子として知られていた。
また海部自身もクリーンな政治家として三木を尊敬し、「わかりやすく、きれいな政治」を信条としている。
「理想の政治家は?」との問いに対しては、常に「三木武夫」と回答していたほどである。
三木が総裁選で田中角栄に敗れた時には人目をはばからず号泣したという逸話もある。
ただし、引退後の回想録『政治とカネ』で「三木もそれなりに買収工作をやっていた、金を貰った議員がみんな三木に入れていれば結果は変わっていた」と海部自ら暴露している。

■ 関連書籍

かいふとしき [生]1931.1.2.愛知政治家。1954年早稲田大学卒業。在学中,早大雄弁会で活躍。60年の衆議院総選挙で,当時,29歳という全国最年少の代議士となった。その後,三木武夫内閣の官房副長官などを経て福田赳夫内閣の文部大臣をつとめ,大学入試制度の改革のため共通一次試験を導入。89年8月短命に終った宇野宗佑内閣の後を受けて,76代,48人目の首相に就任。昭和生れで初めての「総理大臣,自由民主党総裁」となった。90年2月の衆議院総選挙では自由民主党の安定多数を確保した。91年小選挙区比例代表制の導入,政治資金規制法改正など改革を目指したが,同意が得られず,同年10月退任。94年6月首相指名選挙の際に自由民主党を離党,新生党,日本新党,公明党などの連立政権側から立候補したが村山富市に敗れた。同年12月新進党が結成され党首となった。95年12月に退任。97年の新進党解党後は一時無所属となったが,99年自由党に入党。2000年自由党を離反した議員とともに保守党を結成する。 (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 内閣
  • 大臣
  • 自由民主党
  • 衆議院
  • 議員
  • 海部
  • 総裁
  • トヨタ自動車
  • ノーベル
  • 党首
  • 国会
  • 国際
  • 大綬章
  • 大蔵
  • 天文学
  • 委員長
  • 対策
  • 小林誠
  • 改造
  • 文部
  • 新進党
  • 日本
  • 桐花
  • 海部宣男
  • 物理学賞
  • 総理
  • 連合
  • 中曽根
  • 会長
  • 初代
  • 受賞
  • 学者
  • 小野
  • 従弟
  • 歴任
  • 物理
  • 社長
  • 福田赳夫
  • 茂勝
  • 財務