生年月日データベース

稲葉篤紀いなばあつのり

プロ野球選手、監督[日本]

1972年 8月3日 生 (満46歳)

稲葉篤紀 - ウィキペディアより引用

稲葉 篤紀(いなば あつのり、1972年8月3日 - )は、愛知県北名古屋市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。
プロ入り前 愛知県北名古屋市(旧・西春日井郡師勝町)出身。
右頬に特徴的な大きな痕があるが、自著によると原因不明とのことである。
少年時代から通っていた隣町の豊山町のバッティングセンターで、中学生にとっては速球といえる120km/h前後の球をポンポンと打ち返す同年代の左打者をよく見かけ、「すごいなあ」と感心していた。
その打者は現在のイチローである。
当時両者の間に会話こそなかったものの、野球界を代表する好打者二人が同じバッティングセンターに通っていたことになる。
時を経て2009年のワールド・ベースボール・クラシックではチームメイトとなり、経験豊かなベテランである両者が日本代表をまとめ、優勝に貢献した。
中京高校(現・中京大中京高校)3年夏の愛知大会決勝で、そのイチローのいた愛工大名電高校に5-4で敗れた。
卒業後は法政大学に進んだ。
法政大では1年春から試合に出ており、先発出場時は中軸を打つこともあった。

映像作品

関連書籍

プロ野球選手。1972年8月3日、愛知県生まれ。185センチ、94キロ。中京高校、法政大学を経て、95年、ドラフト3位で東京ヤクルトスワローズに入団。1年目から1軍で活躍し、2001年には初めてベストナインに選ばれた。04年のオフシーズンにフリーエージェント宣言をし、メジャーリーグへの移籍を試みたが断念。05年2月、北海道日本ハムファイターズへ移籍。06年にはベストナインと初のゴールデングラブ賞を受賞し、44年ぶりのチーム日本一に貢献した。07年、首位打者と最多安打を獲得。08年の北京五輪、09年・13年のワールド・ベースボール・クラシックで日本代表となり、4番打者も務めた。12年、日本プロ野球史上39人目となる2000本安打を達成。仕えた5人の監督全てを胴上げしており「優勝請負人」の異名をとった。14年9月2日、同季限りでの現役引退を表明した。 (2014-9-4) (引用元 コトバンク)