生年月日データベース

江田五月えださつき

政治屋[日本]

1941年 5月22日 生 (満78歳)

江田五月 - ウィキペディアより引用

江田 五月(えだ さつき、1941年5月22日 - )は、日本の政治家、弁護士である(登録番号:15935)。
民進党所属の参議院議員(4期)、民進党最高顧問。
参議院議長(第27代)、科学技術庁長官(第50代)、法務大臣(第87代)、環境大臣(第16代)、衆議院議員(4期)、社会民主連合代表、社会市民連合代表、民主党参議院議員会長などを歴任。
父は日本社会党委員長代行を務めた元衆議院議員の江田三郎。
生い立ちと裁判官時代 岡山県上道郡財田村長岡に生まれる。
岡山県立岡山朝日高等学校卒業後、東京大学に入学。
東京大学教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行。
このストを指揮したため、責任を取る形で退学処分が下った。
翌年、学生運動からの絶縁を宣言し、東京大学に復学。
法学部で丸山眞男の薫陶を受け、吉野作造の研究に従事しながら法律を勉強し、東大在学中の1965年に司法試験に合格(全受験者中席次は10番)。

えださつき [生]1941.5.22.岡山政治家。故江田三郎元社会党書記長の長男。1966年東京大学法学部を卒業後,裁判官となり,オックスフォード大学に留学。東京,千葉,横浜地方裁判所判事補,判事などを歴任。弁護士となり,77年社会市民連合結成,代表に就任。また父三郎の後継者として参議院全国区に出馬,当選する。翌年社会民主連合(社民連)の副代表に就任。83年の総選挙で初当選し,以後連続4回当選。88年社民連の代表に就任し,野党結集による政権交代を一貫して追及。92年11月には政治改革,政界再編を目指す新政策集団「シリウス」を社会党,社民連,民主改革連合所属の若手改革派議員26人で旗揚げ。93年の細川連立内閣には社民連を代表して入閣を果し,科学技術庁長官に就任した。94年5月社民連を解党し,日本新党に加入,6月党副代表となる。 (引用元 コトバンク)