生年月日データベース

江夏豊えなつゆたか

プロ野球選手[日本]

1948年 5月15日 生 (満71歳)

江夏豊 - 元プロ野球選手

江夏 豊(えなつ ゆたか、1948年5月15日 - )は、日本の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。
奈良県生まれ、兵庫県尼崎市出身。
日本記録であるシーズン401奪三振、最優秀救援投手5回などを記録。
オールスター9連続奪三振や江夏の21球を演出し、1960年代後半から1980年代前半にかけて日本プロ野球で活躍した。
生い立ち 鹿児島県出身の母親が、大阪大空襲で疎開した奈良県吉野郡で父親と知り合い、そこで生を享けた。
間もなく両親が離婚し父も失踪したため、生後半年で鹿児島県市来町の母の実家に移って5年間を過ごした後、母と二人の兄と共に兵庫県尼崎市に移り、高校卒業まで尼崎で育った。
兄弟姉妹皆父親が違う複雑な家庭であり、江夏姓も母方の姓だった。
なお、江夏とは南九州に多い姓で、本来は『こうか』と読む。
霧島酒造を創業したのは祖父だという。
子供の頃には、近所の子供達と粗末な道具で野球を楽しんでいた。
そんな折に兄から「お前は左でやれ」と左利き用のグラブを買い与えられ、右利きであったにもかかわらず強制的に左利きへと矯正された。

映像作品

関連書籍

プロ野球選手。通称「優勝請負人」。 左投左打*1、ポジションは投手。背番号は28→17→26→18。 1966年ドラフト1位で阪神タイガースに入団。 2年目の1968年には25勝、401奪三振を挙げ、最多勝・最優秀投手賞・沢村賞に輝く。 1970年のオールスターでは9者連続奪三振、1973年8月30日の中日戦では延長戦でのノーヒットノーランを自らのサヨナラホームランで飾るなど、阪神タイガースのエースとして活躍する。 1976年に江本孟紀らとのトレード*2で南海ホークスに移籍、野村克也監督の元で日本初のリリーフ専門投手となる。 1978年、野村監督の辞任に伴い、1978年には広島東洋カープに移籍する。 1979年、「江夏の21球」とよばれる名勝負のすえ、カープを日本一に導く。 1981年に高橋直樹とのトレードで日本ハム・ファイターズに移籍、ここでもリーグ優勝に貢献する。 1984年には柴田保光とのトレードで西武ライオンズに移籍*3。 1985年にMLBに挑戦するが開幕ロースターに残れず、引退した。 1993年に覚醒剤所持法違反で逮捕され、実刑判決を受ける*4。 現在はテレビ大阪で野球解説者を務める傍ら、マスターズリーグ・東京ドリームスの選手、モルツ球団の選手として活躍。 また、俳優として様々な映画、ドラマなどでも活躍している。 *1:本来右利きだが兄の指導により左で投げるようになった *2:このトレードにより吉田義男と袂を別つ事になる。後年和解。 *3:吉田義男が監督の阪神と、管理野球の西武には行きたくないと言う希望があったが、西武に移籍。広岡達朗に冷遇され、引退に。広岡とは未だ袂を別ったままである。 *4:この …… (引用元 Hatena Keyword)