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矢野輝弘やのあきひろ

プロ野球選手[日本]

1968年 12月6日 生 (満49歳)

矢野輝弘 - ウィキペディアより引用

■ 映像作品

プロ野球選手。 1968年12月6日生まれ、大阪府大阪市平野区出身、身長181cm体重83kg。ポジションは捕手。右投右打。O型。 大阪市立桜宮高校から東北福祉大学を経て、1990年のドラフト会議で中日ドラゴンズから2位指名を受けて入団。ただし中日時代は星野仙一監督(当時)から捕手失格の烙印を押され、外野を守る事が多かった。 98年からトレードで阪神タイガースに移籍後は野村克也監督の下で捕手として大成し、監督が中日時代と同じ星野氏に代わっても正捕手の座を守った*1。 2003年、打っては打率.327、14本塁打、79打点、捕手としてもシーズン通して投手陣を引っぱり、チームのセ・リーグ優勝の原動力となり、「恐怖の7番バッター」の異名を持つことになる。 2004年よりシーズンオフ限定でABCラジオ「矢野輝弘のど〜んと来い!?」のパーソナリティを務めている。 2009年オフに登録名を「矢野燿大」へ変更して臨むも、右肘負傷からの回復に目途が立たなかったため、2010年シーズン限りで引退。引退後も「燿大」表記のまま、解説者や、国際大会での代表チームバッテリーコーチなどで活躍。2015年オフ、翌年より一軍監督就任が決まった金本知憲と共に、コーチとして阪神復帰。 ドラフト会議で名前を「てるひろ」と読み間違えられたため、中日時代は星野監督から「テル」と呼ばれていた。 女性ファンが多いことでも知られる*2。また、ヒーローインタビューでは「必死のパッチ」をよく使うことでもおなじみ。 (引用元 Hatena Keyword)

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