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清元榮三きよもとえいぞう

清元節三味線[日本]

2016年 12月31日 死去膵臓がん享年81歳
清元 榮三郎(きよもと えいざぶろう、1927年(昭和2年)6月24日 - 2002年(平成14年)12月31日)は昭和から平成にかけて活動した清元節三味線方。
歌舞伎の立三味線を長年務めた。
神奈川県横浜市出身。
本名は柿澤壽夫。
天声の美声と声量の豊かさによって清元界のみならず、戦前・戦中・戦後の邦楽界を代表する太夫であった清元志寿太夫の長男として生まれ、父のみならず六世延寿太夫の立三味線も務め、また現家元の七世延寿太夫を指導するなど、清元節三味線方の代表格として活躍した。
また作曲にも優れ、多数の作品を残している。
1927年(昭和2年)、すでに清元節太夫として活躍していた志寿太夫の長男として神奈川県横浜市に生まれる(名付け親は五世延寿太夫)。
幼い頃より母の指導を受ける。
1933年(昭和8年)、清元栄次郎(後の清元榮寿郎)に師事。
1944年(昭和19年)、清元榮三郎を名乗り、明治座『其小唄夢廓』上の巻(権上)で初舞台。
1953年(昭和28年)、大阪・歌舞伎座『保名』、『黒手組曲輪達引』で初めて歌舞伎の立三味線を務める。

「清元榮三」と関連する人物

尾上菊五郎
連想語句
清元太夫江東区東京都深川人間国宝協会受章壽郎小柳延若当時文化財活動演奏無形資料重要関連一郎三世会長保持者出身寿太夫師事師匠本名歴任泰一理事生前経営美寿鉄工所長男

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