生年月日データベース

城島健司

プロ野球選手[日本]

1976年 6月8日

城島健司 - ウィキペディアより引用

城島 健司(じょうじま けんじ、1976年6月8日 - )は、長崎県佐世保市出身の元プロ野球選手・釣り師・タレントである。
プロ入り前 4歳の時、読売ジャイアンツ(巨人)の王貞治が引退試合で挨拶しているビデオを見てプロ野球選手に憧れるようになり、小学4年の時に少年野球チームに入って捕手を務めた。
中学3年の時にプロOBによる野球教室で王に褒められ、また冗談半分ながら巨人入りを勧められたことで、巨人へ入団したい気持ちが高まった。
別府大学付属高等学校に進んだ当初は隠していたが、強肩を見込まれここでも捕手に指名された。
この時から「自分は捕手をやるために生まれた。
それが宿命」と考えるようになり「これまでにない、打って守って走れる捕手」を目指す決意を固めた。
高校では1年の時から4番を打ち、高校通算70本塁打を記録したが、甲子園への出場はならなかった。
城島は巨人入りを見据えて東都大学リーグで力をつけることに決め、いち早く獲得に動いた駒澤大学への推薦入学を取りつけた。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

じょうじまけんじ(1976―) プロ野球選手(右投右打)。福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)で捕手、中心打者として1995年から11年間にわたって活躍、2006年からは大リーグ(メジャー・リーグ)のシアトル・マリナーズで日本人初の捕手としてプレー。6月8日、長崎県に生まれる。1995年(平成7)、別府大学付属高校(現明豊高校)での強肩強打を高く評価され、ドラフト1位でホークスに入団。同年7月9日にプロ入り初安打を打ったが、まだ実力不足で、出場したのは12試合。1996年も17試合のみの出場にとどまる。レギュラーとなったのは1997年。球団タイ記録となる4試合連続ホームランを放つなど、持ち前のパワーを発揮するとともに、捕手として15年ぶりとなる打率3割(3割8厘)をマーク。1998年はそれまでの自己最多の122試合に出場。翌99年は135試合にフル出場し、自己最多の151安打を放ち、ダイエーとして初めてのリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。初のゴールデン・グラブ賞にも選ばれ、以降2005年まで7年連続獲得している。2000年は故障で84試合の出場だったが、3割を超える打率をマークして、2年連続リーグ優勝を支える。2001年は自己最多のホームラン31本を記録、02年は通算ホームラン100本に到達し、盗塁阻止率は5割8厘という高率を残す。2003年には捕手として40年ぶりとなる史上2人目の全試合フルイニング出場を果たし、打率3割3分、ホームラン34本、打点119で、チームをリーグ優勝、日本シリーズ優勝に導く。日本シリーズではシリーズタイ記録となるホームラン4本を放った。シーズン後には初のリーグ最優秀選手(MVP)に選ばれる。2004年は、 …… (引用元 コトバンク)

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