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矢野絢也やのじゅんや

政治家[日本]

1932年 4月27日

矢野 絢也(やの じゅんや、1932年〈昭和7年〉4月27日 - )は、日本の政治家、政治評論家。
大阪府議会議員(1期)、衆議院議員(9期)、公明党委員長(第4代)などを歴任した。
位階勲章は旭日大綬章。
1951年(昭和26年) 3月 - 大阪府立山本高等学校を卒業。
1953年(昭和28年) 創価学会に入会。
当時は京都大学経済学部3回生だった。
1955年(昭和30年) 3月 - 京都大学を卒業。
4月 - 大林組に入社。
1986年(昭和61年) 12月- 公明党委員長に就任。
1993年(平成5年) 政界を引退。
2008年(平成20年) 5月1日 - 創価学会を退会。
2010年(平成22年) 11月3日 - 旭日大綬章を受章。
公明党書記長就任まで 大阪府立山本高等学校、京都大学経済学部卒業。
在学中の1953年に創価学会に入会し、大林組勤務を経て大阪府議会議員を1期務める。
1967年、34歳で衆議院議員に初当選し、当選直後の臨時党大会で公明党書記長に就任する。

■ 関連書籍

やのじゅんや [生]1932.4.27.大阪政治家。1953年京都大学在学中に創価学会に入信。卒業後土建会社大林組に7年間勤めたが,63年学会をバックに大阪府議となり,次いで67年公明党から衆議院議員に初当選。その直後34歳で党書記長に選ばれ,以来委員長竹入義勝とコンビを組んだ。69~70年の言論出版妨害問題,74年の共創協定(公表問題化は1975年夏)などの苦境を巧みに乗切った。71年「新しい日本を考える会」設立の中心人物の一人となり,中道革新勢力結集の推進力と目された。86年12月竹入委員長の辞任により公明党委員長に就任したが,株譲渡疑惑,リクルート事件による同党所属の議員辞職などの一連の不祥事件の責任をとって,89年5月委員長を辞任,常任顧問となる。93年衆議院議員引退。 (引用元 コトバンク)

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