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石井義人いしいよしひと

プロ野球選手[日本]

1978年 7月12日

石井義人 - ウィキペディアより引用

石井 義人(いしい よしひと、1978年7月12日 - )は、埼玉県川口市出身の元プロ野球選手(内野手)。
愛称は「ジャッキー」。
プロ入り前 小学生で前川バンビーズ、中学時代は越谷リトルシニアに在籍。
浦和学院高等学校時代の1996年に第68回選抜高等学校野球大会、第78回全国高等学校野球選手権大会に出場(ともに2回戦で敗退)。
三浦貴は高校時代の同級生で、当時は三浦がエースを務め、石井が4番を打っていた。
1996年のドラフト会議にて横浜ベイスターズから4位指名を受け入団。
横浜時代 1999年シーズンは5月にジュニア月間MVPを獲得したが、7月に右足の腫瘍を手術し、残りは治療に専念した。
2000年から一軍で活躍し始め、プロ初本塁打を放ち、規定打席には到達しないものの打率.328とブレイクした。
中でも代打成績.444はリーグトップを記録し、一軍に定着するかに思われた。
しかし、打球をお手玉したり足で蹴ったりするなど守備難が目立ち、当時の森祇晶監督が守備重視の手堅い野球を目指していたため、しだいに出場機会を失う。

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1978年7月12日、埼玉県出身。内野手。右投左打 浦和学院高校より1997年度のドラフトで横浜ベイスターズが4位指名。 2000年・2001年とブレイクする兆しはあったが、2002年オフに細見和史?と西武の富岡久貴・中嶋聡の2対2のトレードで移籍。 2004年は58試合出場・2本塁打・16打点を記録。 2005年は故障した高木浩之に代わり開幕から二塁手のレギュラーとして初の規定打席に到達し、リーグ4位の打率.312をマークした。 また、交流戦の初代首位打者、オールスター初出場も果たした。 インボイスSEIBUドームでのテーマ曲はゆずの「栄光の架け橋」。 2011年オフ、戦力外通告を受け埼玉西武ライオンズを退団。12球団合同トライアウトに参加。 2012年、読売ジャイアンツに移籍。交流戦の途中から左の代打として随所で勝負強さを見せた。 2014年、現役引退。 (引用元 Hatena Keyword)

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