生年月日データベース

西竹一にしたけいち

馬術選手、陸軍大佐、男爵[日本]

(通称・バロン西)

1902年 7月12日

西竹一 - ウィキペディアより引用

西 竹一(にし たけいち、1902年7月12日 - 1945年3月22日)は、日本の陸軍軍人、華族(男爵)。
最終階級は陸軍大佐。
愛称・通称はバロン西(バロン・ニシ、Baron Nishi)。
1932年 ロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技の金メダリスト。
帝国陸軍の騎兵将校として騎兵畑を歩んでいたが、のちには戦車兵に転科し戦車第26連隊の連隊長として第二次世界大戦に従軍、硫黄島の戦いで戦死した。
生い立ち 男爵・西徳二郎の三男として東京市麻布区麻布笄町(現在の港区西麻布。
住居は麻布桜田町付近)にて生まれた(本妻・後妻の間に生まれた長男・次男は幼少時に死去)。
母は正妻ではなく、生後すぐに家を出された。
父・徳二郎は外務大臣や枢密顧問官などを歴任し、駐清公使時代には義和団の乱処理に当たった人物であった。
また、義和団の乱の処理の際、西太后から信頼を厚くされ中国茶の専売権を与えられ巨万の富を手にしたといわれている。
1912年(明治45年)には徳二郎が死去し、同年3月30日、その跡を継ぎ当主として男爵となる。

■ 関連書籍

にしたけいち [生]1902.7.12.東京[没]1945.3.22.硫黄島馬術選手。陸軍軍人。男爵。欧米人からはバロン・ニシと呼ばれた。男爵の三男に生まれ,学習院初等科から陸軍幼年学校を経て1921年陸軍士官学校に入学。騎兵中尉に進級した。1932年ロサンゼルス・オリンピック競技大会に出場,大会最終日に行なわれた大賞典障害飛越個人に愛馬ウラヌスに乗り優勝した。第2次世界大戦末期に硫黄島で戦死。主人の死後まもなくウラヌスも病死したといわれる。 (引用元 コトバンク)

連想語句
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  • 障害
  • 馬術
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  • 兵科
  • 呼称
  • 帝国
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  • 愛称
  • 最終
  • 西
  • 軍隊
  • 転科
  • 通称