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西河克己にしかわかつみ

映画監督[日本]

1918年 7月1日

2010年 4月6日 死去肺炎享年93歳
西河克己 - ウィキペディアより引用
西河 克己(にしかわ かつみ、1918年7月1日 - 2010年4月6日)は、日本の映画監督。
鳥取県出身。
西河が生まれたのは鳥取県東部の智頭町土師地区。
父親の就職で一家が東京へ移るまで、4年余りをこの地で過ごした。
小説家志望であったが、次善の途として映画監督を志し、松竹大船撮影所に監督助手として入社。
当時は日本映画の第1期黄金時代ともいえる時代だった。
大学を卒業したのが日中戦争真っ只中であったため、松竹入社後1年を経ずして召集(結局2度応召した)されて旧満州やビルマへ出征、捕虜収容所生活も経験した。
戦後復員して昭和21年(1946年)復職。
原研吉、渋谷実、中村登らの名匠に師事し、昭和27年(1952年)助監督待遇のまま『伊豆の艶歌師』(主演:佐田啓二)を初監督。
2本立て映画の1本、いわゆるシスター映画であった。
典型的な「大船映画」を数本撮ったあと、昭和29年(1954年)の日活映画製作再開と同時に、日活と監督契約した。
山本有三原作による社会派メロドラマ『生きとし生けるもの』(主演:山村聰)を第1作に、日活での初期作としては『東京の人』(主演:月丘夢路)、『美しい庵主さん』(主演:小林旭)などがあるが、当然のように「大船色」が濃く、「日活っぽい」『俺の故郷は大西部』(主演:和田浩治、1960年)は西河作品としては逆に異色である。

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