生年月日データベース

小津安二郎おづやすじろう

映画監督脚本家[日本]

1903年 12月12日

1963年 12月12日 死去享年61歳
小津安二郎 - ウィキペディアより引用

小津 安二郎(おづ やすじろう、1903年12月12日 - 1963年12月12日)は、日本の映画監督・脚本家。
「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出し、世界的にも高い評価を得ている。
「小津組」と呼ばれる固定されたスタッフやキャストで映画を作り続けたが、代表作にあげられる『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。
生涯 生い立ち 1903年(明治36年)12月12日、東京市深川区万年町(現在の東京都江東区深川)に、父寅之助と母あさゑの次男として生まれた。
兄新一、妹登貴、妹登久、弟信三の五人兄弟。
父寅之助は、伊勢商人「小津三家」の一つ小津与右衛門分家である新七家の六代目。
与右衛門は深川の肥料問屋「湯浅屋」を営んでいた。
本家から日本橋の海産物問屋「湯浅屋」と深川の海産物肥料問屋「小津商店」の両方を番頭として任されていた。
安二郎は明治小学校附属明治幼稚園から1910年に東京市立深川区明治尋常小学校(現在の江東区立明治小学校)に進んだ。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

おづやすじろう [生]1903.12.12.東京[没]1963.12.12.東京映画監督。宇治山田中学卒業。1923年松竹蒲田に入社。27年,時代劇『懺悔の刃』で監督となる。小市民映画『生れてはみたけれど』(1932),下町物『出来ごころ』(33),『浮草日記』(34)などを監督。彼のトーキー第1作『一人息子』(36)発表後,中国に出征,帰還して『戸田家の兄妹』(41),『父ありき』(42)を発表。第2次世界大戦後も一貫して市井の家庭を題材にして『晩春』(49),『麦秋』(51),『東京物語』(53),『早春』(56),『秋刀魚の味』(62)などの作品を発表し,59年には日本映画界最初の日本芸術院賞を受け,62年同院会員になった。ロー・アングル撮影による独特なスタイルは有名。 (引用元 コトバンク)

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