生年月日データベース

長久保赤水ながくぼせきすい

地理学者漢学者[日本]

(享保2年11月6日生)

1717年 12月8日

1801年 8月31日 死去享年85歳
長久保赤水 - ウィキペディアより引用

長久保 赤水(ながくぼ せきすい、本名:玄珠(はるたか)は江戸時代中期の地理学者、儒学者、『改正日本輿地路程全図』(通称「赤水図」)を作成したことで知られる。
常陸国多賀郡赤浜村(現在の茨城県高萩市)出身。
俗名は源五兵衛(げんごべえ)、号の赤水と字の玄珠は荘子の天地篇にある「黄帝、赤水の北に遊び、崑崙の丘に登り、而して南望して還帰し、其の玄珠を遺せり。
」から取られている。
別名は藤八 (とうはち)。
茨城県は価値の高い学術資料として、2017年(平成29年)1月26日に「長久保赤水関係資料693点」を有形文化財に定める。
2020年(令和2年)9月30日、長久保の地図や資料群107点は史料として学術的価値が認められ、国の重要文化財に指定された。
高萩市歴史民俗資料館が管理する。
東日本大震災の翌年にあたる2012年11月3日、高萩駅前に赤水の銅像が建立された。

推定関連画像

長久保赤水さんが誕生してから、306年と130日が経過しました。(111897日)
亡くなってから、222年と230日が経ちました。(81316日)
30581日間 生きました。