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足利義晴あしかがよしはる

室町幕府第12代将軍[日本]

(永正8年3月5日生)

(ユリウス暦) 1511年 4月2日

足利義晴 - ウィキペディアより引用
足利 義晴(あしかが よしはる)は、室町時代後期(戦国時代)の室町幕府第12代将軍(在職:1521年 - 1546年)。
第11代将軍足利義澄の長男。
母は日野永俊の娘で日野富子の姪。
生涯 将軍就任 西国最大の大名・大内義興に擁された前将軍足利義稙が上洛した煽りを受け、父の義澄は将軍職を解任され近江の六角高頼を頼って落ち延びていた。
その最中の永正8年(1511年)3月5日に、義澄の長男として、亀王丸は近江国蒲生郡水茎岡山城で生まれた。
しかし同年8月14日、父は帰洛を果たせずに同地で死去している。
永正10年(1513年)2月14日には義稙陣営と義澄陣営の和睦により、義稙の将軍職が確定した事で、永正11年(1514年)に、亀王丸は播磨守護・赤松義村の庇護下で養育された。
ところが犬猿の仲である備前守護代・浦上村宗への反攻を目論む義村によって、名目上の旗頭に担ぎ出されてしまったばかりか、あろうことか永正18年(1521年)1月には敗戦。

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